ボーダー一家の徒然日記

ボーダーコリーとワイマラナーロングヘアード、レスキューボラのお話

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2009年

11月25日

(水曜日)

ローリーアルバム 

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生後20日。手前でじゃれあってるのがローリー。  右奥の第6仔は寝ています・・・・(笑)

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群がる。

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先生のお宅にて。手前がローリー。奥がフローラ。

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生後9ヶ月程度

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ヴィッキー母さんと。

ローリー2
管理人が不定期で働いていた熊本県阿蘇山の牧場にて。

ローリー4

ローリー3

ローリー@パティオ

ローリー@パティオ2

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2009年

11月24日

(火曜日)

ローリー(ローレンス) part II 

10月~12月 傷の手当ては慣れっこになった。それはローリーも同じだった。1日2回、朝と夜にガーゼの交換、消毒を行う。ローリーも呼ぶと「やってぇ~♪」と目の前に座って笑顔で見上げてくる。手当ての間びくとも動かずにいてくれる。偉いね、ローリー。

しかし、傷自体はものすごく肥大していた。ガーゼの交換時にほんのちょっと皮膚にくっついてしまっていたガーゼを剥がすとそこからすぐに出血というような状態だった。腫瘍の真ん中には以前後ろ足で掻いてしまったところが穴が開いていて、そこから膿が出ていた。それでも笑顔のローリー。頑張ろうね。

1月上旬 ついに年を越せた!次は3月の誕生日に向かって頑張ろうねとみんなで気合いを入れなおした。 しかし・・・次第に元気がなくなっていくのが目に見えてわかった。それでも、ご飯はちゃんと食べた。先生は以前「腫瘍が喉を狭くして物理的に食べられなくなるか、癌が内臓に転移するかどちらが先かでしょう」とおっしゃっていた。でもローリーはまだ食べている。

それから数日経つと今度は固形が缶詰でも食べられなくなってきた。そこで、液体で栄養価の高い物はないのかと母。母は祖父が数年前に脳梗塞で倒れた際、持ち前の検索&勉強力で本当に頑張って看病し、今ではスタスタと歩いてステーキまで食べるスーパーおじいちゃんにまで回復させた。この時母は、当時食べる事が出来なかった祖父が、胃に直接穴を開けて栄養を入れる「胃糧(いろう)」という方法を取っていたのでもしかしたらペットにもそういうものがあるのではないか?と思ったみたいだ。 私も強く同意しさっそく先生に伺ったが残念ながらペット用にそういった治療、または液体栄養はされていないということがわかった。 ならば自分達で調達しよう、と母は早速どこからともなく小さな牛乳パックのような紙パックに入った液体栄養素を箱ごと持ってきた。ミルクが大好きなローリー、このミルク味の液体だったら飲んでくれるかな?と早速与えてみたら効果てきめん。おいしそうに飲んでくれた。よかったね~と母と2人で笑みがこぼれる。

1月15日 この頃になるとついに液体栄養素も飲まなくなった。仕方がないので母が買ってきたスポイトのようなもので飲ませてみるが、そのまま左側の緩んだ口から出てきてしまう。 ローリー、もうしんどい?

1月16日 もう水も飲まなくなった。1日中寝ているようになった。
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1月18日 

1月19日 この日は朝から調子が悪かった。呼吸もしんどそうだ。無理もない、もう4日間も何も口にしていないのだから。私はずっと傍にいた。大丈夫だよローリー。  夜、久々に父が帰宅。出張が多い父は月に1度程度しか帰ってこないこともしばしばだった。 すると突然ローリーの状態が悪化。呼吸も荒くなり、必死に立ち上がって私のところへ来ようとする。抱っこをして側に付き添う。

夜、1時過ぎ、父がお風呂から上がってきた。そしてその数分後、待っていたかのようにローリーは旅立った。 家族全員に見守られながら、大好きな自分のベッドの上でローリーは眠りにつきました。 本当によく頑張ったね、あなたの生き様は私達の教訓になりました。もうこれ以上ないくらい限界まで、命が燃え尽きるまで、生ききりましたね。 生きるということがどういうことか、あなたが教えてくれた気がします。一時期自分の存在意義に疑問を持った私は、あの時はなんて馬鹿だったんだろう、こんなに小さな命が一生懸命最後まで火を燃やし続けたのに、と申し訳なさで涙がとまりませんでした。 

命の大切さ、生きる事の難しさ、全部あなたが教えてくれたような気がします。
自分の気持ち次第で、健康を損ない、生命に関わる状態になることは、残念ながら容易い事だと思います。健康に生きている人は皆、当たり前の様でも、実はものすごく素晴らしい事をしているんですね。「きちんと生きる。」 簡単なようで一番難しい一生の課題を私の胸に掲げてくれたローリー。 沢山の思い出と共に、いつかまた会う日まで・・・ゆっくり休んで下さい。



2009年

11月24日

(火曜日)

ローリー(ローレンス) part I 

1999年3月20日。ニュージーランドよりおなかを大きくしてやってきたヴィッキーお母さんが我が家のリビングの片隅で8頭のパピーを授かりました。次々に生まれる子犬たち。その全てが女の子。もういないかもしれないね、といいながら訓練士の先生とお寿司をほおばっていたその時、最後の1頭が生まれました。7頭目が生まれて約2時間。唯一の男の子が生まれたのです。その末っ子坊ちゃんが我が家の次男、ローレンスことローリー。 9年10ヶ月の月日を共に過ごし、その火が消えるまで隣にいたローリー。

2008年に始まった彼との闘病生活をお話します。

7月上旬 左喉にしこりを発見。

7月中旬 しこりが段々と肥大してきたので、かかりつけの獣医さんへ連れて行く。
     すぐに細胞針をとってもらう。

1週間後 細胞針の結果がでる。悪性の可能性が高いとのこと。急遽数日後に手術でしこりを取り除く事に決定。

7月下旬 手術。 獣医仲間の先生と一緒に執刀していただいた。しこりはかなり癒着が激しく取るのに手間取ったが、一応全て取り除いたとの連絡。詳しい説明をしたいので一度来てくださいといわれすぐに向かった。
     
病院到着後、まず取り除いた腫瘍の写真を見せていただく。かなり大きい。     
そしてある事を知らされる。喉の奥に気になるできものが2つくらいあり、麻酔をして大きく口をあけられる状態で初めて確認できたとのこと。場所的にも切除は難しいそう。今回切除した腫瘍を検体に出さないとまだはっきりとはわからない。

8月上旬 検体の結果が来たとの電話ですぐに向かう。結果は良性。しかし先生の気になる発言が。「この(右大腿部)っていうのがちょっとひっかかるんですよねぇ・・・」
ん?なんだそれは。ローリーの腫瘍は「左咽頭部」のはず・・・。先生ももう一度確認を取ってくださるとおっしゃったのでひとまず帰宅。

数日後  再び呼び出される。 やはり先日の結果はありえないことに、センターの検体の取り違えだったことが判明。 そして結果は・・・「悪性の扁平上皮癌」やはり手術でみつかった喉の奥のできものが原発だったようだ。

それにしても検体を間違えるとは一体どういうことなんでしょうねと先生とお話をしていたのですが、先生も「検体の先生方は獣医とは違う専門分野なので我々獣医は彼らの打ち出した結果だけが頼りなんです」と教えて下さった。高校生のとき、質の高い臨床技術を学びたくてアメリカに留学したときの想いが甦る。どうして日本の獣医界はいつまでも進歩しないのだろう・・・。

癌の宣告で沈みきった心に追い討ちをかけるように現実を目の当たりにする。
オーストラリアに父を持ち、ニュージーランドから母ヴィッキーのお腹に宿って我が家に来て、そして元気に産まれてすくすくと育ったローリー。8匹兄弟の末っ子で唯一の男の子。他の子たちとヒイキをするつもりはないけれど、当時小学生だった私といつもいっしょで一番のパートナーだった。 ペットと生活をするということは、いつか必ず別れが来る事も覚悟しなくてはいけない。そう理解していたつもりでも、どうしても受け入れられなかった。ローリーはまだ9歳、こんなに早いの? ローリーがいない生活ってなに? その日は一晩中涙が止まらなかった。

翌日 パンパンの目で朝を迎えた私は青空に向かって誓った。「ローリーは癌になってることなんて知らない。いつもと変わらない私と一緒にいることを求めているはず。私が笑顔じゃなくちゃいけないんだ。一緒に戦おう!」
そしてその日から私達家族の闘病生活が始まった。術後から左側のよだれがとめどなく出るようになった。きっとよだれを止める役割を果たしている筋肉の神経が手術によって麻痺したのであろう。その日から「およだ」をかけた。

9月上旬 一度切除したはずの左の喉から再び腫瘍が育ち始めた。それはみるみる大きくなっていった。先生も「何でも好きなものを食べさせてあげて下さい」と言われたので毎日ローリーの大好きなものを与えた。おいしそうにむさぼるローリー。「幸せの笑顔」がこぼれる。

9月下旬 とうとう腫瘍が皮を破って出血し始めた。当然、本人は痒いので後ろ足で掻いたりする。そして更に出血が激しくなる。その繰り返し。もちろんカラーは付けていたが、寝ている状態だとカラーの前から後ろ足が届いてしまう。 これは何とかしなくてはと獣医さんに相談すると、「Hippoカラー」というドーナッツの様なクッションの入ったカラーを下さった。皮膚とHippoの間にやわらかいタオルを挟んでみたが・・・どうもずれてしまう。大きなバンデージでガーゼを傷口に貼ってみるがすぐにはがれる。 私は考えた。そうだ!馬の仕事でホコリガードで顔にまいているバンダナがある!すぐに持ってきて、バンダナ傷を覆う程度の大きさに折り、ガーゼを乗せて首に巻いてみる。これだ!と思った。その上からHippoを巻けば、完璧だった。後日、病院へ行った際、先生からの絶賛を受けた。「この方法、他の同じような患者さんが出来たときに提案してみます。」少しはローリーのおかげで貢献できたかな?とちょっと嬉しい気分。 ありがとうね、ローリー。


続く・・・・

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ボーダーと共に、早14年。たくさんの幸せをもらいました。現在は一人っ子になってしまった3男Harveyと共に、お空のみんなに向かってあへあへ~~~

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